「9月11日の事」  (2004.9)       弘枝・カルチエ

 私の主人は7人兄弟(姉妹)です。そのうちの3人はあの9月11日、ワールド・トレードセンタービルで働いていました。 そのうちの一人、義理の弟であるジェームスはあのビルから帰りませんでした。

 彼はビルの104階で働いていました。隣のビルで煙が立ち昇るのを見るなり、すぐにそこで働く妹のミッシェルに「逃げろ!」と電話をかけたのです。
 以下はその妹から聞いた話です。ビルが横に大きく揺れましたが、弟の声を受けた彼女は40階から急いで駆け降りました。その間、胴体から上がない者、腕だけのもの・・・・まるで地獄のような風景を横目に、階段を必死に駆け降りたそうです。一体何が起きたのか?その時は爆弾だと思ったそうです。しかし、あれはきっと飛行機の乗客だったのでしょう・・・と妹はわたしに話してくれました。そしてようやく外に出ると、
多くの人、人でニューヨークの街はパニック状態でした。一瞬途方にくれた瞬間、振り向くと兄のジョンと目があったのです。 ジェームスは気遣って妹ばかりか兄にまで電話を入れていたのです。2千人もの人でごった返す中で出会えたこと自体不思議なのに、ほとんど同時に目が会ったのは奇跡でした。二人はすぐに抱き合い、無事であることを確認すると、兄のジョンは「ジェームスを探しに行く!」とビルに向かおうとしました。その瞬間、二機目の飛行機が衝突したのです。妹はそれでも、ビルに向かおうとする兄の上着をつかみ、ここでジェームスが出てくるのを待っていようと説得しました。そしてTシャツを脱いで二つに切り、口に当てて走ってその場をあとにしたそうです。
 
 そのころ、姉のマリアがジェームスの携帯電話に電話を入れました。回線は安否を気遣う人々でパンク状態だったのに、これまた奇跡的に電話がつながりました。彼は逃げ道を探し、走りながら「I’m stuck !
Tell everyone I love you ! 」 と言ったそうです。それが彼の最後の言葉となりました・・・・。
 わたしは彼のその最後の言葉を思い出すたびに涙がこみ上げてきます。「愛していると伝えてくれ・・・」 最後にそういった彼。なんて立派なんでしょう。そしてあのビルの中で、どんなにどんなに怖かったことでしょう・・・・。

 そして彼が家にもどってきたのは、あれから半年後のことでした。片方の手のひらと、10cm ほどの太ももの部分だけでした。もうすこし、少しでも彼をみつけて欲しい・・・。そう思って彼の誕生日の6月22日まで
葬儀を待っていました。しかし、その後みつかったのは、腕の小さな部分だけでした。しかも見つかった場所は、最初に見つかった場所から6ブロック、距離にして 200メートル以上も離れた所からでした。

 9月10日の夜中、正確には9月11日早朝、旅行先から帰るご両親を飛行場に迎えにいったのは、ジェームスでした。最後に彼に会ったのは両親だったのです。
「あの日、遅くに迎えに来てくれたのだから、仕事に行かせなきゃ良かった・・・。 老いた私じゃなく、どうしてジェームスなんだ・・・。」
そうつぶやいた義父の言葉に私は胸がつまりました。
 彼は夢も希望もあるごぐごく普通の明るい青年でした。26歳でした。

             
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